運動時の栄養戦略は、MPS/MPBのバランスやグリコーゲン再合成、mTORC1活性といった生理学的指標で最適化できます。筋肥大ではロイシン閾値を満たして合成優位へ、持久系では糖質を軸に分解抑制と修復促進を図る——本記事はこの枠組みで、目的別の補給意義と実装法をまとめます。
運動時にたんぱく質・アミノ酸を摂取する意義
「運動によって筋タンパク質の分解と合成が同時に高まり、エネルギー代謝や酸化ストレスの影響も受けやすくなります。このとき十分なアミノ酸を供給できるかどうかが、筋肉の成長や回復に直結します。」
運動中や運動直後にたんぱく質やアミノ酸をとることには、大きく分けて3つの大切な意味があります。
1. 筋肉を大きくする(筋合成の促進・修復)
筋トレのような運動をすると、筋肉の繊維には小さな傷が入ります。この傷を修復する過程で、新しい筋タンパク質が作られ、筋肉は少しずつ強く、大きく成長していきます。
ここで材料になるのがアミノ酸です。運動後にアミノ酸をしっかり補給することで、修復がスムーズに進み、筋肉が効率よく育ちます。
2. 筋肉を守る(分解を防ぐ)
運動中はエネルギーの消費が激しくなるため、体は足りないエネルギーを補うために筋肉を分解してアミノ酸を取り出そうとします。
もし外からアミノ酸を補給しておけば、わざわざ筋肉を壊さなくてもエネルギーが確保できるため、筋肉量を守ることができます。
3. 疲労を減らす(代謝サポート・抗酸化作用)
アミノ酸の一部は、糖や脂質と同じように直接エネルギー源として利用されます。さらに、シスチンやグルタミンなどのアミノ酸は、体内で「グルタチオン」という強力な抗酸化物質の材料となり、運動で増える活性酸素から細胞を守ります。これによって疲労のたまり方がやわらぎ、回復も早まります。
運動中・運動直後のたんぱく質・アミノ酸摂取は、
「筋肉を大きくする」「筋肉を守る」「疲労を減らす」
という三本柱の効果を持つため、トレーニング効果を最大化する上で欠かせない要素
筋肥大の基本条件
筋肥大は、筋たんぱく質の合成が分解を上回る状態が継続することによって起こります。
- MPS(合成) … 新しい筋タンパク質を作る流れ 運動によって筋肉は大きな負担を受け、筋線維には細かい傷が生じます。この傷を修復する過程で新しい筋タンパク質が作られ、筋肉は少しずつ強く、太くなっていきます。この「新しい筋タンパク質をつくる流れ」が、MPS(筋タンパク質合成)です。 MPSは、食事やサプリから摂取したタンパク質がアミノ酸に分解され、血液を通じて筋肉に取り込まれることで始まります。特に必須アミノ酸の一つであるロイシンは、筋細胞内の「mTOR」というスイッチを押して、タンパク質合成を強力に促進します。取り込まれたアミノ酸は、細胞内の工場であるリボソームによって組み立てられ、新しいタンパク質として筋線維に加えられます。 MPSが高まるのは、主に筋トレ直後〜数時間のあいだと、アミノ酸を摂取したときです。また、睡眠中には成長ホルモンの作用で修復と合成が進みます。筋肉は常に「壊す流れ(MPB:分解)」と「作る流れ(MPS:合成)」を同時に行っています。そのため、筋肉を大きくするにはMPSがMPBを上回る状態を作り続けることが重要です。運動による刺激と、アミノ酸の十分な補給が組み合わさってはじめて、筋肉の肥大につながるのです。
- MPB(分解) … 古い筋タンパク質を壊す流れ 私たちの体では、筋肉も常に入れ替わりが行われています。古くなったり傷ついた筋タンパク質は壊され、新しいものと入れ替わる。この「古い筋タンパク質を壊す流れ」がMPB(筋タンパク質分解)です。 MPBにはいくつかの重要な役割があります。まず、損傷したタンパク質を取り除き、筋肉をクリーンな状態に保つこと。そして分解によって得られたアミノ酸を再利用し、新しい筋タンパク質やエネルギー源に回すことです。運動やストレスで筋繊維にダメージが起きたときも、MPBは一時的に高まり、壊れた部分を整理して修復の準備を整えます。 ただし、分解が過剰になると筋肉は減ってしまいます。エネルギー不足や栄養不足、強いストレス、また高齢や不活動などは、MPBを強める要因になります。逆に、運動後にアミノ酸や十分なエネルギーを補給すれば、体はわざわざ筋肉を壊してアミノ酸を取り出す必要がなくなり、分解は抑えられます。
筋肉を成長させるには、MPS(合成)>MPB(分解)の状態をつくることが欠かせません。つまり、MPBそのものは悪者ではなく「古いものを片付けるために必要な仕組み」ですが、分解が優位になりすぎないように、運動・栄養・休養でバランスを整えることが大切なのです。
- レジスタント運動(筋トレ)は、 筋たんぱく質の合成を強く促進しますが、同時に分解も進めてしまいます。そのため、運動後にアミノ酸(特に必須アミノ酸)を摂取しなければ、合成と分解の差がプラスにならず、筋肥大には結びつきません。 一方で、運動後にたんぱく質やアミノ酸を補給すると、損傷した筋繊維の修復や新しいタンパク質の合成が活発になり、合成が分解を上回る状態へと切り替わります。 したがって、筋トレの効果を最大限に発揮するためには、レジスタント運動と運動直後の栄養摂取をセットで行うことが重要です。
筋損傷と修復の流れ(超回復) 運動後の筋損傷からの回復=たんぱく質摂取が重要な役割
運動後の筋損傷からの回復には「炎症 → 修復 → 再生」という段階があり、そのすべてにおいてたんぱく質摂取が重要な役割を果たします。特にロイシンを含む速効性たんぱく質を運動直後に補給することで、「合成>分解」へとバランスを切り替え、筋肥大と回復を効率的に進めることができます。
- 炎症期 筋トレやマラソンなど強度の高い運動を行うと、筋繊維には微細な傷(マイクロダメージ)が入ります。これは単なるダメージではなく、筋肉をより強く成長させるための「刺激」です。損傷直後には炎症反応が起こり、マクロファージや好中球といった免疫細胞が集まります。
- 除去期 壊れたタンパク質や細胞片を分解・掃除。新しい組織を作る準備次の段階では、免疫細胞が壊れたタンパク質や細胞片を分解・除去します。これにより、不要な残骸が取り除かれ、新しい筋組織が再構築できる環境が整います。
- 修復期 サテライト細胞(筋幹細胞)が活性化し、新しい筋繊維を作って傷を補強。続いて、サテライト細胞が活性化し、筋芽細胞へと変化して損傷部位に集まります。ここで新しい筋線維が形成されることで、壊れた部分が補強され、筋肉は以前より強靭になります。この過程でタンパク質合成(MPS)が分解(MPB)を上回ることが重要であり、この積み重ねが「超回復」と呼ばれる筋肥大のメカニズムにつながります
この流れを経て、MPSがMPBを上回る状態になり、筋肉は以前より太く強くなる。これが「超回復」です。
修復が進むと、筋タンパク質の合成(MPS)が分解(MPB)を上回り、筋繊維は太く、強靭になります。この「損傷 → 修復 → 強化」という流れを超回復と呼び、定期的にトレーニングを繰り返すことで、筋肉は少しずつ肥大していきます。

ロイシンが担う筋合成のスイッチ役
筋肉を大きくするためには、筋タンパク質の合成(MPS)が分解(MPB)を上回る状態=「合成>分解」を作ることが必要です。この切り替えで中心的な役割を果たすのがロイシンです。
ロイシンはBCAA(分岐鎖アミノ酸:バリン・ロイシン・イソロイシン)の一つで、特に強力にmTORC1経路を刺激します。mTORC1は筋合成を司るスイッチのような存在で、ロイシンが直接的に「新しいタンパク質を作れ」という信号を出すことで、筋タンパク質合成が一気に高まります。
このタイミングでアミノ酸やたんぱく質を補給することで、筋合成が最大限に高まります。
- mTORC1を活性化
mTORC1は、細胞が「いまタンパク質を作るべきか」を判断する司令塔で、筋タンパク質合成(MPS)の起動と加速に直結しています。筋トレの直後、筋線維は修復と強化のために新しいタンパク質を必要としますが、そのスタートスイッチを押す中心的な合図が、アミノ酸、とくにロイシンです。ロイシンが十分に存在すると、mTORC1は作動位置へ誘導され、合成モードに入りやすくなります。ロイシンは直接的にmTORC1というシグナル経路を刺激し、「筋合成を始めよ」という強力な合図を出します。 - アナボリックウィンドウ(同化の窓) 「アナボリックウィンドウ」とは、運動直後に筋肉が栄養(とくにアミノ酸と糖質)を通常よりも取り込みやすくなり、合成反応が立ち上がりやすい時間帯のことです。 筋収縮で血流が増え、筋細胞のGLUT4が表面に移行して糖の取り込みが高まり、インスリン感受性も上がります。同時に、筋繊維の微細損傷と機械的張力の刺激がmTORC1経路を活性化し、「材料(アミノ酸)が来ればすぐ作れる」状態になります。ここでロイシンを十分に含むタンパク質を供給すると、翻訳開始が加速して筋タンパク質合成(MPS)が分解(MPB)を上回りやすくなり、回復と筋肥大が進みます
- 運動直後にロイシン2–3 gを満たす量の高品質たんぱく質
運動直後にロイシンを2〜3g含むタンパク質(例:ホエイプロテイン20〜30g)を摂ると、筋タンパク質合成(MPS)の司令塔であるmTORC1が強く活性化し、翻訳開始が加速して新しい筋タンパク質の作り替えが一気に進みます。ちょうどこの時間帯は血流とインスリン感受性が高く、筋細胞がアミノ酸を取り込みやすい“同化モード”になっているため、ロイシンの「合成スイッチ」と運動後の「受け入れ態勢」が重なって、MPSが分解(MPB)を明確に上回りやすくなります。
筋肥大を目的とした運動と、持久運動を目的としたトレーニングでは、ロイシン摂取の意味合いが異なります。
ロイシンは、目的によって働き方が変わるアミノ酸です。どちらの場合でも筋肉の材料になりますが、筋肥大を狙うときは合成のスイッチ、持久系では分解を抑える助っ人として役立ちます。
- 筋肥大目的 → ロイシンは 「筋合成の起爆剤」。必須アミノ酸全体を伴って摂ることが重要。 レジスタントトレーニングのような筋肥大を狙う運動では、ロイシンが筋タンパク質合成(MPS)の強力なスイッチとなります。ロイシンはmTORC1シグナルを直接刺激し、筋細胞に「新しいタンパク質を作れ」という指令を与えます。 特に運動直後は血流やインスリン感受性が高まっており、アミノ酸が筋細胞に取り込まれやすい状態です。この「ゴールデンタイム」にロイシンを十分量(2〜3g程度)含むタンパク質を摂取すると、筋合成が最大化され、合成が分解を上回る状態を作り出せます。そのため筋肥大を目的とする場合、ホエイプロテインなどロイシン豊富なタンパク質をタイミングよく摂取することが非常に重要になります。
- 持久運動目的 → ロイシンは 「分解抑制+補助エネルギー源」として役立つが、糖質補給の方が優先。 筋肥大を目的としない持久運動では、ロイシンは少し異なる役割を果たします。長時間の有酸素運動では筋タンパク質の分解が進みやすいのですが、ロイシンにはこの分解を抑える「抗カタボリック作用」があります。またロイシンは筋肉で直接代謝され、アセチルCoAなどを通じてTCA回路に入り、エネルギー源として利用されることも特徴です。 持久運動が目的のとき、ロイシンは主に筋分解を抑えて回復を助け、場合によってはわずかにエネルギー源にもなります。ただしパフォーマンスや持久力の維持・向上には糖質補給が主役です。長時間の有酸素運動の後は、まず糖質を優先して補い、そのうえでロイシンを2〜3g含むタンパク質を20〜25g添えると、筋分解を抑えつつ修復を進められます。二部練や高ボリューム期ほど、この「糖質→たんぱく質」の順番が効きます。
まとめると、筋肥大を狙う場合は「ロイシン=合成の起爆剤」として不可欠であり、必須アミノ酸全体とともに十分に摂取する必要があります。一方で持久運動の場合は「ロイシン=分解抑制+補助エネルギー源」として役立ちますが、糖質や全体のエネルギー補給が優先されるべきです。このようにロイシンの役割は、運動の目的によって大きく意味合いが変わるのです。
運動直後のゴールデンタイム アナボリックウィンドウ
筋トレ直後の30〜60分は、いわゆる「同化の窓(アナボリックウィンドウ)」と呼ばれる時間帯で、作業筋への血流が増え、インスリン感受性も高く、mTORシグナルが強く出ています。つまり、材料さえ入れば筋タンパク質合成(MPS)が立ち上がりやすい状態です。このタイミングでロイシンを2〜3g含む高品質のたんぱく質(目安としてホエイ20〜30g)を摂ると、翻訳開始が加速してMPSが分解(MPB)を上回りやすくなり、回復と筋肥大の初動を強く押し上げられます。目的が筋肥大なら、たんぱく質に加えて少量の糖質(20〜40g)を添えるとインスリンが取り込みを後押しし、より効果的です。
- 筋肉への血流が集中
- インスリン感受性が高く、栄養の取り込み効率が向上
- mTORシグナルも強く出ている
もっとも、この窓は30〜60分で急に閉じるわけではありません。合成感度は運動後2〜3時間が特に高く、その後もしばらく高止まりします。直前1〜2時間に十分なたんぱく質を食べている場合は厳密な秒読みは不要ですが、実用上はトレ後1〜2時間内にロイシン閾値(2〜3g)を満たす一杯を入れておくと合成刺激を確実に最大化できます。長時間の有酸素や二部練など持久系では、まず糖質の迅速補給(目安0.8〜1.2g/kg/時を数時間)がパフォーマンス回復の主役で、そのうえでロイシン2〜3gを含む20〜25g程度のたんぱく質を添えると、筋分解を抑えつつ修復が進みます。
消化吸収を優先したい直後は脂質と食物繊維を控えめにし、水分と電解質も合わせて補いましょう。高齢者や減量期のように合成反応が鈍くなりやすい状況では、同じ量でも反応が弱くなるため、ロイシンの絶対量をやや増やす(ホエイ30〜40g相当、またはロイシン強化)とよいことが多いです。乳糖が気になる人はWPI(アイソレート)や加水分解ホエイ、植物性アイソレートに替えれば負担を減らせます。要するに、運動直後は「ロイシン2〜3gを含む20〜30gのたんぱく質」を軸に、目的に応じて糖質の量と順番を調整する――これがゴールデンタイムを最もうまく活かすコツです。
運動選手は非運動者に比べて多くのたんぱく質が必要
運動選手は、日々のトレーニングや試合で筋肉に微細な損傷が起こり、エネルギー代謝も高回転になります。そのため筋タンパク質の合成(MPS)と分解(MPB)がともに高まった状態が続き、
非運動者の推奨量である体重1kgあたり約0.8g/日では「合成>分解」を安定して作りづらくなります。実務的には、持久系では1.2〜1.6g/kg/日、筋力・パワー系では1.6〜2.0g/kg/日が望ましいと考えられ、減量期や高齢のアスリートではこの範囲の高め側を使うのが現実的です。
- 窒素出納法これまで必要量の算定には窒素出納法がよく用いられてきました。摂取した窒素量(=たんぱく質量/6.25)と尿・便・汗などから排出された窒素量の差を一定期間で評価し、体たんぱくが増減していない最低ラインを探る考え方です。ただし、尿や便の回収漏れや不感損失の推定など測定誤差が生じやすく、急性の運動後の変化やたんぱく質の質(必須アミノ酸組成)も十分に反映できません。結果として「不足ではない」水準は示せても、パフォーマンスや筋肥大を最大化する最適量までは見えにくいという限界があります。 窒素出納法は長期の収支を見るための最低必要量の把握に有用だが、最適量や急性の運動効果は捉えにくい。
- アミノ酸酸化法 近年注目されているアミノ酸酸化法は、^13Cなどで標識したフェニルアラニンのような目印アミノ酸を少量摂取し、呼気中の^13CO₂としてどれだけ酸化されるかを測る手法です。材料である必須アミノ酸が不足していれば合成に回せず酸化が増え、十分に満たされると酸化が下がる(あるいは頭打ちになる)という生理に基づき、摂取量を段階的に変えたときの酸化カーブの折れ曲がり点をもって必要量を推定します。短時間で評価でき、運動様式やエネルギー状態、たんぱく質の質といった条件ごとに必要量を見積もりやすいのが強みで、実際の現場感に近い“最適域”を示す傾向があります。筋力トレーニングを行う人では、1.6〜2.2g/kg/日といったやや高めの範囲が望ましいとする報告もその文脈で理解できます。 ただしアミノ酸酸化法は食後数時間の急性応答を見ているに過ぎず、長期の体組成変化を直接測るわけではない点、試験条件が高品質たんぱく・十分なエネルギー・頻回投与など最適化されがちで日常食への外挿に注意が要る点は踏まえるべきです。 アミノ酸酸化法は足りれば酸化が下がるという直感的な指標で、状況別の必要量を短期間に推定でき、実感に近い最適域を示しやすい。
- 窒素出納法は「長期の出入り」でみる全身の収支法、
- IAAOは「食後の使われ方」でみる合成の閾値法。
両者は補完関係で、運動や年齢・目的に合わせて読むと、戦的なたんぱく質設計(総量・配分・ロイシン閾値・タイミング)に落とし込みやすくなります。
運動様式によるたんぱく質必要量の違い
持久系の競技では「筋肥大を目指さないからタンパク質はあまり必要ない」と考えられがちですが、実際には持久系アスリートにとってもタンパク質は欠かせない栄養素です。
まず、長時間のランニングや自転車競技では、繰り返される筋収縮によって筋繊維に微細な損傷が生じます。その修復にはタンパク質が不可欠です。また、運動が長時間に及ぶと糖質や脂質だけでなく、アミノ酸も分解されてエネルギーとして利用されるため、消耗した分を補う必要があります。さらに、過度の持久運動は一時的に免疫機能を低下させることが知られており、免疫細胞や抗体の材料となるアミノ酸の補給は、回復と健康維持のために重要です。加えて、ミトコンドリア酵素や赤血球の合成といった酸素利用能力に直結する代謝システムもタンパク質を材料に成り立っているため、持久力維持の観点からも十分な摂取が必要となります。
筋力系選手は主に「筋肥大・筋力向上」を目的にタンパク質を必要とします。一方で、持久系選手は「回復・代謝維持・免疫機能保持」といった観点から、筋肥大目的でなくても高いたんぱく質摂取が必要となります。
つまり、持久系でも筋力系でも「毎日の十分なたんぱく質摂取」が不可欠であり、差は「目的の違い」にあります。
アミノ酸酸化法によって、従来よりも高いたんぱく質摂取がアスリートに必要であることが明らかになっています。具体的には、持久運動選手は 1.6〜1.8 g/kg/日、筋力系選手は 1.6〜2.2 g/kg/日 の摂取が推奨されています。
栄養状態とたんぱく質要求量
たんぱく質は「筋肉をつくる材料」ですが、その利用効率は運動量だけでなく、総エネルギー摂取量や炭水化物(糖質)の摂取量に大きく左右されます。
- エネルギー不足で筋たんぱく質合成が低下し、筋分解が進みやすい。 総摂取カロリーが不足すると、体はエネルギーを補うために筋肉のたんぱく質を分解して使ってしまいます。このとき、筋肉を合成するスイッチ(mTORC1など)はオフになりやすく、たんぱく質を摂っても合成効率が下がります。つまり「材料はあっても工事が進まない」状態です。
- グリコーゲン不足では、筋タンパク質をエネルギーとして利用せざるを得なくなる 運動に必要な糖質が足りないと、筋肉はエネルギー源を補うためにアミノ酸を糖に変換(糖新生)して利用します。これは筋肉の分解を伴うため、せっかく摂ったたんぱく質も「エネルギー燃料」として消費され、筋合成には回りにくくなります。
- たんぱく質を有効活用する条件 したがって、筋肉の合成を最大化するには、まず「燃料(エネルギーと糖質)」をしっかり満たしておくことが前提条件です。
- 十分なエネルギー摂取 → 分解を抑え、たんぱく質を材料として回せる
- 適切な糖質補給 → 筋肉のアミノ酸をエネルギー源として浪費しない
この土台があって初めて、たんぱく質は「筋肉合成の材料」として本来の役割を果たせます。
糖質と脂質 ― 体の二大エネルギー源
糖質と脂質は、人の体における二大主要エネルギー源です。
糖質は血液中のブドウ糖や筋肉・肝臓に蓄えられたグリコーゲンとして存在し、分解が速く酸素をあまり必要とせずにエネルギーを作り出せるため、短時間で大きなエネルギーを供給できます。しかし体内に蓄えられる量は限られており、成人でおよそ400〜500g程度しかありません。そのため、運動開始直後や高強度運動のようにエネルギー需要が急激に高まる場面で重要な役割を果たします。
一方、脂質は主に中性脂肪として体に大量に蓄えられており、1gあたり9kcalと高いエネルギー密度を持ちます。貯蔵量は非常に多く、持久的なエネルギー供給に有利ですが、利用するためには酸素が必要で、分解から利用までに時間がかかるため即時的なエネルギー源には向きません。脂質は低〜中強度で長時間続く運動で、糖質と併用してエネルギーを供給します。
- 糖質(グルコース・グリコーゲン)
・分解が早く、酸素をあまり使わなくてもATP(エネルギー)を作れる
・短時間で大きなパワーを出せる
・体に蓄えられる量は少なく(約400〜500g)、長時間はもたない - 脂質(中性脂肪)
・エネルギー密度が高く(1g=9kcal)、体に大量に蓄えられている
・酸素を必要とし、使うまでに時間がかかる
・低〜中強度の運動で長時間使われやすい
運動中は糖質と脂質が協調して使われますが、その割合は運動強度によって変化します。高強度運動では糖質依存が高まり、低強度運動では脂質の割合が増えます。
- 高強度運動(ダッシュ・重い筋トレなど) → 主に糖質を使う
- 低〜中強度運動(ジョギング・長時間の有酸素運動など) → 脂質の割合が増える
- 実際には常に「糖質+脂質」をミックスして使っているが、強度によって比率が変わる
糖質は単なる即効性の燃料ではなく、脂質を燃やすためにも不可欠です。脂質を完全に酸化してエネルギーに変えるには、クエン酸回路が正常に働く必要がありますが、その回路を回すためには糖質代謝で生じる中間代謝物が必要です。糖質が極端に不足するとクエン酸回路が滞り、脂質を効率的に酸化できなくなり、両方の燃料が十分に使えなくなります。その結果、パフォーマンスが急激に低下し、いわゆる「ガス欠」状態になります。
したがって、長時間や高強度の運動では、糖質を十分に蓄えておくことと、必要に応じて補給することが、脂質の利用効率を保ちパフォーマンスを維持するために非常に重要です。
- 長時間や高強度の運動では、糖質をしっかり蓄えておくこと(カーボローディングなど) が大切
- 運動中にも必要に応じて 糖質を補給 することで、脂質の利用効率を保ち、パフォーマンス低下を防げます
トレイン・ロー 戦略
持久系スポーツの世界では、「あえて糖質を抑えた状態でトレーニングする」という戦略が研究されています。これを「トレイン・ロー」と呼びます。
体内の糖(グリコーゲン)が少ない状態で有酸素運動を行うと、エネルギー不足を感知するセンサー(AMPK)が強く反応し、その結果「PGC-1α」というスイッチが活性化します。これにより、ミトコンドリアの新生や酸化系酵素の発現が進み、同じ練習でもより“燃費の良い筋肉”が育ちやすくなるのです。
メリットと効果
- ミトコンドリアが増え、脂質を効率的に使えるようになる
- 酸化酵素が増えて有酸素能力が高まる
- 同じ練習でも適応刺激が強くなり、長時間走り続けられる筋肉をつくれる
つまり、持久力を底上げするうえで大きな効果が期待できる戦略です。
リスクと注意点
ただし、糖が少ないまま走ると体は筋肉を分解してエネルギーにしようとします。その結果、筋量の減少や回復の遅れ、免疫の低下などを引き起こす危険があります。過度に続けるとパフォーマンスが落ちてしまうのです。
栄養戦略(たんぱく質の重要性)
このリスクを防ぐためには、通常よりも多めにたんぱく質を摂ることが欠かせません。
- 普通の持久系アスリート:1.6〜1.8 g/kg/日
- トレイン・ロー実践者:2.0〜2.4 g/kg/日
1日の量を3〜5回に分けて、1回20〜35 gずつ(体重×0.3〜0.4 g/kg)、ロイシン2〜3 g(ホエイ20〜30 g相当)を確保するのが目安です。
さらに、
- 就寝前はカゼインやヨーグルトで夜間の合成をサポート
- 運動中は糖ゼロを保ちつつ、EAAや少量のホエイで分解を緩和
- 運動後は「低糖継続日」ならプロテイン中心、「回復優先日」なら糖質+たんぱく質で素早く回復
という工夫が推奨されます。
実施の頻度と安全対策
- トレイン・ローは週1〜3回に限定
- 低〜中強度のセッションで行い、高強度は糖をしっかり摂って行う
- 栄養不足や疲労が出ていないか常にチェックする
体重や筋肉量の減少、安静時心拍数の上昇、慢性疲労、風邪の頻発、睡眠の質の低下、女性の場合は月経異常などが出たら、頻度を下げて糖質と総エネルギーを見直す必要があります。
まとめると
トレイン・ローは、「運動で適応スイッチを入れる」×「栄養で材料を補う」という両立があってこそ効果を発揮する方法です。持久力を高める可能性がある一方で、筋分解や疲労のリスクも伴います。無理なく安全に取り入れることが、パフォーマンスと回復を最大化する鍵になります。
運動とタンパク質過剰摂取の懸念について
筋肉を作るうえでタンパク質は欠かせない栄養素ですが、「多ければ多いほど良い」というわけではありません。現在のところ、健康な人においてタンパク質摂取の耐容上限量(これ以上摂ると害が出るとされる基準)は明確に定められていません。そのため、一般的な範囲での摂取であれば安全と考えられています。
実際に、運動をしない人では1日あたり体重1kgあたり0.8g程度で十分ですが、運動選手や筋トレを行う人では1.2〜2.0g/kg/日程度が目安とされます。さらに短期間であれば、2.5〜3.0g/kg/日を摂取しても大きな健康被害は報告されていません。ただし、長期的に極端な高タンパク食を続けた場合の影響についてはまだ十分に解明されていません。
過剰摂取による懸念としては、腎臓にかかる負担(老廃物処理が増える)、脱水(窒素代謝に水を必要とするため)、カルシウム排泄の増加などが指摘されています。しかし、腎機能が正常な人であれば、これらは深刻な問題になりにくいとされています。
一方で、腎臓に異常がある人(慢性腎臓病など)は注意が必要です。タンパク質を多く摂ると腎臓に強い負担がかかり、病態の進行を招く可能性があります。そのため、このような場合には医師の管理のもとで制限(0.6〜0.8g/kg/日程度)が推奨されることもあります。
- 健康な人 → 通常の範囲(1.2〜2.0 g/kg/日)であれば安全
- 腎機能に異常がある人 → 医師の指導下で制限が必要
- 高タンパク食を行う場合は十分な水分補給が大切
健康な人であれば運動に合わせてタンパク質を増やすのは安全ですが、腎機能に不安がある人は必ず医師に相談しながら摂取量を調整することが重要です。また、高タンパク食を実践する際には、十分な水分補給も忘れないことが大切です。
活性酸素そのままではミトコンドリアを傷つける
「運動をすると、体の中ではエネルギーを生み出すと同時に有害な活性酸素も生まれます。しかし、私たちの体にはそれを処理する仕組みが備わっています。」
運動で生じたスーパーオキシドは、 スーパーオキシドディスムターゼで過酸化水素に変わり、さらにグルタチオンペルオキシダーゼ+グルタチオンによって水に分解される。この流れでミトコンドリアが守られ、シスチンを摂るとグルタチオンが増えて仕組み全体が強化される。

- 運動でスーパーオキシドが発生 運動をすると、ミトコンドリアがエネルギー(ATP)をつくるときに副産物として活性酸素が発生します。代表的なのがスーパーオキシドという分子です。これは強い酸化力を持ち、そのままではミトコンドリアのDNAや酵素を傷つけてしまいます。
- SODが過酸化水素に変換 そこでまず働くのがSOD(スーパーオキシドディスムターゼ)という酵素です。SODはスーパーオキシドを処理して、少し安定した形の過酸化水素(H₂O₂)に変えます。
- 過酸化水素は金属と反応すると危険(ヒドロキシルラジカル発生) ただし、過酸化水素も安全ではありません。体内の鉄や銅と反応すると、さらに攻撃力の強いヒドロキシルラジカルという活性酸素に変わり、ミトコンドリアの酵素を壊してエネルギーを作る力を弱めてしまいます。
- GPx+グルタチオンで水に分解して無害化 この危険を防ぐために、次に登場するのがGPx(グルタチオンペルオキシダーゼ)です。GPxはグルタチオンという抗酸化物質を使って、過酸化水素を水(H₂O)に分解し、完全に無害化します。グルタチオンは反応の中で一度消費されますが、体内の仕組みによって再び元の形に戻り、繰り返し使うことができます。
- シスチン摂取 → グルタチオン合成促進 → 抗酸化サイクル強化 ここで役立つのがシスチンの摂取です。シスチンは体内でシステインに変わり、さらに強力な抗酸化物質であるグルタチオンの材料になります。グルタチオンはグルタチオンペルオキシダーゼ(GPx)という酵素と組み合わさり、過酸化水素を水へと分解して無害化します。
- ミトコンドリアが守られ、エネルギー産生と持久力が維持される この反応により、ミトコンドリア酵素や電子伝達系が酸化ストレスで壊れるのを防ぐことができます。
シスチンは「運動を楽に感じさせ、脂肪酸利用の効率を高め、酸化ストレスを抑える」ことで、持久力や疲労の軽減に役立ちます
シスチンは持久力や疲労の軽減させる

最近の研究では、アミノ酸の一種である シスチン を摂取することで、この「体の感じ方」や「エネルギー代謝の効率」が変わることが分かってきました。特に、運動が楽に感じられることや、脂肪酸利用の効率が高まるといった効果が注目されています。
- RPE低下 → 運動が楽に感じられる
RPE(主観的運動強度)は「どのくらいきついと感じるか」という主観的な指標です。シスチンは体内でグルタチオンとなり、運動中に生じる酸化ストレスを抑えます。酸化ストレスが強いと、筋肉はATPを効率よく作れず、同じ強度でも「疲れやすい・重い」と感じます。 しかしシスチンを摂取すると、ミトコンドリアのATP産生効率が維持されるため、余分な疲労感が減少し、結果として「楽に動ける」と感じるのです。 - FFA上昇抑制 → 脂肪酸の利用効率が高まり酸化ストレスが軽減
運動すると、脂肪組織から脂肪が分解されて 遊離脂肪酸(FFA) が血中に放出されます。これはエネルギー源として必要ですが、過剰に出すぎるとミトコンドリアの処理が追いつかず、余った脂肪酸が酸化されて を増やす原因 になります。シスチン摂取によって抗酸化能(グルタチオンを介した防御力)が高まると、脂肪酸の代謝が安定します。つまり、出てきた脂肪酸を効率よくATPに変換できる ようになり、ROSの過剰発生を防ぎながらエネルギー利用をスムーズにします。 - グリセロール変化なし → 脂肪分解量は変わらないが処理効率が改善
脂肪は「トリグリセリド」として蓄えられており、分解されると 脂肪酸(FFA)とグリセロール が出てきます。このうち、グリセロール濃度は「どれだけ脂肪が分解されたか」の目安になります。研究では、シスチンを摂取しても グリセロール濃度は変化しない ことが示されています。つまり、脂肪を分解する量は同じ ですが、シスチンによって 分解後の脂肪酸を効率よく処理して燃料に変えられる ようになる、ということです
総じて、シスチンを含むアミノ酸食品をあらかじめ摂取しておくことで、酸化ストレスに伴うミトコンドリア機能の低下を防ぎ、エネルギー供給を安定させ、運動をより快適に効率的に行える可能性があると考えられます。
- RPE低下:同じ運動が楽に感じる → ATP産生効率が維持されるため
- FFA上昇抑制:脂肪酸の利用効率が上がり、酸化ストレスが減る
- グリセロール変化なし:脂肪分解量は変わらないが、分解後の利用効率が改善
シスチンは「疲労を軽減し、脂肪酸利用の効率を高める」ことで、パフォーマンスを底上げする栄養素といえます。
シスチンが多い食品
シスチンはアミノ酸システインが2つつながった形で、タンパク質食品に幅広く含まれています。特別な食材を探さなくても、日常的に食べている食品から自然に摂取できます。
- 肉類(豚肉・鶏肉・牛肉)
高タンパクで、含硫アミノ酸(システイン・シスチン)の供給源として優秀。特に鶏むね肉や豚肉に多いです。 - 魚介類(マグロ、カツオ、サケ、エビなど)
消化が良く、ビタミンやミネラルも豊富で、持久系スポーツを行う人におすすめ。 - 卵(特に卵黄)
少量で栄養が凝縮されており、シスチンとともにビオチンやビタミンも含まれ、美容効果を高めます。 - 乳製品(ヨーグルト、牛乳、チーズ、ホエイプロテイン)
運動後の栄養補給に向いており、シスチンと一緒にカルシウムや乳酸菌も摂れます。 - 大豆製品(豆腐、納豆、味噌、豆乳)
植物性タンパク質として貴重で、動物性食品を控えたい人にも適しています。 - ナッツ類(アーモンド、クルミ、ピーナッツなど)
間食やおやつとして手軽に摂れ、ビタミンEとの組み合わせで抗酸化効果がより強まります。
シスチンが体に役立つポイント
- 疲労回復と持久力維持
ミトコンドリアを酸化ストレスから守り、ATP産生効率を保ちます。そのため「同じ運動でも楽に感じる」効果が期待できます。 - 美容・肌・髪の健康
髪や爪の主成分であるケラチンにシスチン結合が多く含まれているため、ハリやツヤの維持に役立ちます。肌細胞のターンオーバーにも関わります。 - 抗酸化力のサポート
シスチンはシステインに変わり、グルタチオンの材料となります。グルタチオンは細胞を酸化から守る最重要物質のひとつです。
コメント