「地経学(ちけいがく)」とは、経済的な手段を用いて国家の戦略的目標を追求する考え方、またはその分析枠組みを指します。簡単に言えば、「経済を通じて、外交・安全保障・国益を動かすための戦略」と捉えられます。
地政学 × 経済 = 地経学
地政学の枠組みに「経済」という視点を組み合わせて、国際関係や世界の動きを読み解く考え方で「国と国の争いや駆け引きを、軍事や外交だけでなく、経済を通して見る新しい世界の見方
❶地政学とは
地政学(地球と土地)とは、地理的条件(国の位置、資源、国境など)をもとに、国家の力関係や戦略を考える学問」です。
たとえば、「この国は海に面していないから貿易が難しい」「隣国との国境が争いの火種になる」など、地理と力(パワー)に注目します。
❷経済の視点を加える
そこに「経済」の視点を入れると、「国の力」にはお金・貿易・技術・インフラ・資源なども含まれるようになります。
つまり、「軍隊」や「領土」だけでなく、「経済力」や「供給網(サプライチェーン)」が国際戦略の中心になるという見方です。
戦争や軍事力を使わずに、
- お金の流れ(金融)
- モノのやりとり(貿易)
- エネルギーや資源(石油・ガス・レアアース)
- 技術や企業の動き(IT・半導体など)
をうまく使って、自分の国にとって有利な状況をつくろうとするやり方です。
なぜ経済が戦略になるのか?
現代の世界では、以下のような理由で経済が「武器」や「盾」になっています。
- 武力ではなく経済制裁で相手国に圧力をかけられる
- 資源や技術を独占・管理することで国際的な交渉力を得られる
- 供給網(サプライチェーン)を握ることで経済的な依存関係を操作できる
- 投資や融資によって影響力を広げられる(例:一帯一路)
こうした経済を使った外交・安全保障の戦略こそが「地経学」なのです。
■経済制裁
ある国が戦争や不正をしたとき、「もうモノを売らない!」「お金の取引を止める!」というふうに、経済のつながりを止めて、行動を変えさせるやり方です。
■資源を使って圧力をかける
ある国が「この金属(レアアース)は私たちしか持っていない。だから言うことを聞いてね」というふうに、資源を使って他の国にプレッシャーをかけるやり方です。
■大事なモノは自分の国で作る
戦争やトラブルが起きても困らないように、食料や半導体などを外国に頼らず自分の国の中で作ろうとする動きも、地経学の一つです。
地政学 ランドパワーとシーパワー という2つの考え方
地政学では、「陸の力(ランドパワー)」と「海の力(シーパワー)」という2つの考え方を使って、国の動きや戦略を読み解くことができます。
■ランドパワー 国土の広さや地続きの陸地を利用して、領土を拡大したり、防衛力を高めたりする力。
- 陸軍・鉄道・道路などを使って国境線を守り、周辺地域を支配しようとする。
- 他国との国境が多いため、陸上での勢力争いや防衛ラインの構築が重視される。
- 国と国のあいだで「ぶつかり合う」地上戦や、バッファーゾーン(緩衝地帯)の確保が戦略の中心。
■ 代表的な国
- ロシア:広大なユーラシア内陸部を支配、歴史的に西と南の国境に強い警戒心を持つ。
- 中国(内陸部):周囲の陸地を経由して「陸のシルクロード」的に勢力を伸ばす。
- ドイツ
- フランス
■シーパワー 海上を通じて経済・外交・軍事の影響力を広げる力。
- 海軍や貿易船、港湾インフラを活用して、離れた国とも関係を築く。
- 国境のかわりに「航路(シーレーン)」を守ることが重要。
- 海を使って「つながる」こと、情報やモノを世界中とやり取りすることに強みを持つ。
■ 代表的な国
- イギリス:19世紀の大英帝国は、「海を支配することで世界を支配」した典型例。
- アメリカ:強大な海軍力を背景に、太平洋・大西洋の両方で存在感を発揮。
- 日本:島国で資源に乏しいため、ほぼすべての物資を海上貿易に頼る。
■リムランド:ランドパワーとシーパワーがぶつかりやすい戦略的緩衝地帯
リムランドは、「ハートランドの外周を取り囲む、海に面した三日月形の地域」を指します。
世界の軍事・経済・政治の要として、古くから地政学上の最重要地域とされてきた。
スパイクマンの理論は、第二次世界大戦や冷戦、現代の地政学的戦略に大きな影響を与え続けています。リムランドを理解することは、世界情勢の読み解きにおいて非常に有用です。
ハートランドは、地政学者ハルフォード・マッキンダーが1904年に提唱した概念で、
「ユーラシア大陸の中心に広がる広大な内陸地帯」を指します。
リムランドは地政学的にとても重要で、歴史的に戦争が多いエリアなのです。
戦争名 | 地域 | 特徴 |
---|
ウクライナ戦争 | 東ヨーロッパ | ロシア vs 欧米 |
湾岸戦争 | 中東 | 石油と海上ルートの支配争い |
シリア内戦 | 中東 | 多国間の介入が続く混戦状態 |
朝鮮戦争 | 東アジア | 今も緊張が続く、停戦中の戦争 |
ベトナム戦争 | 東南アジア | 冷戦の代理戦争 |
台湾海峡危機 | 東アジア | 中国とアメリカ・日本のにらみ合い |
■シーレーンとチョークポイントを押さえることが「勝利」につながるのか
「シーレーンとチョークポイントを押さえることが勝利の近道になる」地政学・軍事戦略・経済安全保障において非常に本質的な原理です。
これは特に「海洋国家(シーパワー)」にとって、国の命綱=海上ルートを誰が支配するかが「勝敗のカギ」になるという意味です。
1. 相手の物資の流れを止められるから
シーレーンとは、石油・天然ガス・食料・兵器・製品など、国を動かすためのあらゆる物資が行き交う「経済と軍事の動脈」です。
このルートの途中にあるチョークポイント(例:マラッカ海峡・ホルムズ海峡など)を押さえることで、相手国の供給を断ち、戦わずして力を削ぐことができます。
これはいわば現代の「兵糧攻め」です。
- シーレーンは、石油・ガス・食料・兵器・製品などあらゆる輸送の動脈
- チョークポイントを封鎖すれば、経済や軍事を機能不全にできる
- 戦わずして相手の力を「枯らす」ことができる(=兵糧攻め)
例:第二次世界大戦中、日本はアメリカによりマラッカ海峡・フィリピンルートを遮断されて資源不足に陥った
2. 戦争では「兵器よりも補給」が重要だから
どれだけ強力な兵器や優秀な兵士がいても、それを支える燃料・弾薬・食糧の補給がなければ、戦闘は継続できません。
つまり、補給路=勝利への命綱です。チョークポイントを制すことで、相手の補給を絶ち、戦力を無力化することができます。
- 近代戦争では、弾薬・燃料・食糧の補給路が生命線
- どんなに優れた兵器や兵士がいても、「運べない」なら意味がない
- チョークポイントを抑えれば、相手の補給を断てる → 戦闘力を削げる
例:ナポレオンもヒトラーも「補給」で失敗し敗北。現代でも同じです
3. 世界の経済を支配できるから
シーレーンは、世界貿易の主流ルートです。そこを誰が支配するかによって、通商・物流・物価・株価までもが大きく左右されます。
チョークポイントを通すか、止めるかで、経済制裁や政治的圧力をかけることが可能となり、国際秩序に影響力を持つことができます。
- シーレーンは貿易のルート → 通商・物流・価格に直接影響
- チョークポイントを「通すか」「止めるか」で、経済制裁や政治的圧力がかけられる
- 一国の力ではなく「国際秩序を握る」力を持てる
例:スエズ運河やホルムズ海峡を一時でも封鎖すれば、原油価格や株価が乱高下する
4. シーパワーの戦略は「海を制す者が世界を制す」
大英帝国、アメリカ、オランダ、日本など、過去に世界をリードした国々はすべて「海の支配力」を持っていました。
海軍力や航路の支配は、単なる軍事力ではなく、世界秩序・貿易・外交の主導権に直結しています。
現代でもその原理は変わらず、特にシーレーンの確保は、エネルギー安全保障・経済安全保障・国家防衛において極めて重要です。
歴史的にも、世界をリードしてきた国は海を制した国です。
時代 | 海を制した国 | 結果 |
---|---|---|
大航海時代 | スペイン・ポルトガル | 世界中に植民地を築く |
19世紀 | イギリス | 「七つの海を支配」=大英帝国 |
20世紀 | アメリカ | 太平洋・大西洋の制海権 → 世界秩序の中心 |
現代も、アメリカ海軍が世界のチョークポイントに展開するのは、シーレーン防衛と世界支配のためです。
■ ランドパワー国家ロシア:エネルギーを「武器」とする成長戦略
ロシアは、ユーラシア大陸の内陸部(ハートランド)を占める代表的なランドパワー国家です。広大な国土には、豊富な資源、特に石油・天然ガス・石炭・金属資源が存在し、これを外交や経済戦略の中心に据えてきました。
冷戦終結後のロシアは、経済の立て直しに苦しんでいましたが、2000年代に入ってからの原油・天然ガス価格の高騰を追い風に、資源輸出による外貨獲得で経済を再成長させました。
- プーチン政権下では、国営資源企業を通じて、資源分野を国家戦略の中心に据える
- エネルギー価格が上がると、ロシアの国家収入が急増し、軍備拡張・社会保障・国際影響力の強化に回されてきた
さらにロシアは、天然ガスのパイプラインを通じて欧州諸国への供給網を構築し、経済的な依存関係を強めてきました。これは単なる商取引ではなく、政治的な影響力を行使する手段として活用されており、供給の停止や価格の引き上げなどを通じて相手国に圧力をかける「エネルギー外交」がたびたび行われてきました。
- ヨーロッパは天然ガスの約40%をロシアに依存(ウクライナ侵攻前)
- 「送らないぞ」と圧力をかけることで、政治的譲歩を引き出す戦略が繰り返されてきた
- 例:ウクライナやバルト三国、旧ソ連諸国に対する「ガス供給停止」や「価格引き上げ」
このようにロシアは、自国の地理的条件とエネルギー資源を最大限に活かして、経済成長と外交的影響力の拡大を実現してきました。エネルギーはロシアにとって単なる輸出品ではなく、経済安全保障・外交交渉・地政学的戦略のすべてに関わる「国家の力」の象徴なのです。
■中国の一帯一路──ランドパワーからシーパワーへの拡大戦略
中国は古くからユーラシア大陸を横断する「ランドパワー(陸の力)」として勢力を広げてきました。近年では、その地政学的な強みを活かし、2013年に「一帯一路」構想を打ち出しました。これは、内陸ルート(シルクロード経済ベルト)と海上ルート(21世紀海上シルクロード)を通じて、アジア・中東・アフリカ・ヨーロッパを結ぶ、巨大な経済圏を築こうとする国家戦略です。
この構想を通じて中国は、ランドパワーに加え「シーパワー(海の力)」の獲得を目指し、南シナ海から太平洋への進出を本格化させています。港湾整備や海軍の近代化を進め、経済のみならず軍事面でも海洋への影響力を高めようとしているのです。
一方で、ウクライナ侵攻をきっかけに欧米諸国から孤立したロシアは、中国との結びつきを強めています。
両国はともに「ランドパワー国家」として、ユーラシア大陸における影響力を再び拡大しようとしています。
- ロシアは軍事力と資源供給力
- 中国は経済力と技術力
このように補完的な関係を築きながら、アメリカ主導の国際秩序に対抗する「多極化の軸」としての存在感を高めています。
こうした中国とロシアの接近と中国の海洋進出に対し、アメリカは強い警戒感を示しています。とくに台湾をめぐっては、中国の圧力に対抗する形で軍事支援を強化し、インド太平洋地域での影響力を維持しようとしています。
また、アメリカは日本・オーストラリア・インドと連携する「QUAD」や、英国・豪州との安全保障枠組み「AUKUS」などを通じて、中国の軍事的・経済的拡張に対抗する姿勢を明確にしています。
このように現在の国際情勢は、中国とロシアによるランドパワー連携と中国のシーパワー獲得への動き、そしてそれに対抗するアメリカ主導の多国間連携という、大国同士の地政学的な対立構造が色濃く表れています。
- 中国は「一帯一路」を通じてランドパワーからシーパワーへと戦略を拡大し、太平洋へ進出を試みている
- ロシアはウクライナ戦争以降、中国との関係を深め、ユーラシアでのランドパワー連携を強化
- アメリカは台湾への軍事支援や多国間連携(QUAD・AUKUS)を通じて、中国・ロシアに対抗する構えを見せている
食料をめぐる地経学
食料は、人間の生命を支える根源的な資源でありながら、国際社会では外交・経済・安全保障の手段としても使われています。地経学の視点で見ると、食料とは、見えにくいけれど確実に国の立場を左右する戦略的な力なのです。
- 食料を十分に持つ国は、自信を持って外交できる
- 食料を供給する国は、他国への影響力を持てる
- 食料をブランド化する国は、経済と文化の力を世界に示せる
これからの世界では、「食べること」を守るだけでなく、「食を戦略的に使う」知恵が、国の未来を左右する鍵になるのです。
生産調整型の政策から需要創出型の政策へ──転換の背景と意味
これまで日本では、特定の産業や製品が過剰に供給されることを避けるために、「生産量を抑える」ことを目的とした生産調整型の政策が用いられてきました。これは、供給過剰による価格の下落や市場の混乱を防ぐためのもので、農業や製造業など、特定の分野でよく見られる政策手法です。
■日本米は長らく「生産調整型」の政策で守られてきた
これまで日本の農業政策では、過剰生産を避けるためにコメ農家への減反政策(生産抑制)が長期にわたって続けられてきました。これは、国内価格を維持し、農家の収入を守る狙いもありました。ただ、消費構造の変化や人口減少により国内需要は減少傾向が続き、こうした“守るだけ”の仕組みでは生産基盤の活力を維持できない状況になってきました
食料安全保障を見据えた「生産増」の決断
2025年7月、日本政府はコメ農家に対し、長年の抑制政策を見直し、生産を拡大する政策へと軸足を移す方針を示しました。これは食料安全保障の強化とともに、国内外の需要を掘り起こしていく構想です
■小麦危機の地経学 ― 戦争・干ばつ・依存構造が揺さぶる日本の食卓
地経学の視点から見ると、この小麦価格高騰は戦争による海上輸送ルート封鎖、気候変動による生産減、輸入依存構造という地政学+経済の複合リスクが絡み合った事例です。
近年の小麦価格の高騰には、複数の国際的要因が重なっています。まず、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻によって、黒海が封鎖され、ウクライナやロシアからの穀物輸送ルートが寸断されました。ロシアとウクライナはともに世界有数の小麦輸出国であり、特に中東・アフリカ向けの供給が大きく依存していたため、国際市場で小麦の供給不安が一気に高まり、価格が急騰しました。
しかし、日本にとってはウクライナ情勢以上に影響が大きかったのが、2021年夏に北アメリカで発生した記録的な高温乾燥です。アメリカやカナダの主要小麦産地で干ばつが広がり、収穫量が大幅に減少しました。日本は輸入小麦の約48%をアメリカ、約35%をカナダに依存しており、この北米の不作は日本の小麦調達に直接的かつ深刻な影響を与えました。
日本では、小麦の輸入は民間ではなく政府が一括して行う「政府売渡制度」を採用しています。これは政府が海外から小麦を輸入し、製粉業者など国内の需要者に売り渡す仕組みで、価格の急変動から国内市場を安定させる役割があります。しかし、輸入価格の上昇は政府売渡価格にも反映されるため、国際価格や為替の変動が続く限り、国内の小麦製品(パン、麺類など)の価格にも影響が及びます。
このように、日本の小麦価格高騰は、ロシア・ウクライナ情勢による黒海ルートの封鎖に加え、北米の干ばつによる供給減少、そして輸入依存構造と制度的要因が重なって引き起こされたのです。
- 黒海封鎖
- 北米の干ばつ。
- 輸入依存構造
- 政府売渡制度
■「コーヒーを巡る地経学 ― 気候変動・為替・農業転作が揺さぶる世界の供給網
地経学の視点を踏まえると、コーヒー価格上昇は単なる市場変動ではなく、気候・為替・農業転作・物流支配といった複数の国際要因が絡み合う「資源・供給網の地政学」的な現象として捉えられます。
日本でコーヒーの価格が上昇している背景には、複数の国際的な要因が重なっています。まず、最大の供給国であるブラジルでは、地球温暖化の影響による異常気象が続き、深刻な干ばつや霜害が発生しました。その結果、コーヒーの木の生育が阻害され、収穫量が大きく減少し、国際市場でのコーヒー豆価格が急騰しました。加えて、日本はコーヒー豆のほぼすべてを輸入に依存しており、近年の歴史的な円安によって輸入コストが大幅に増加しました。国際相場の高騰と為替変動が重なり、国内販売価格の上昇を招いています。
さらに、中国では近年、東南アジア産ドリアンの人気が爆発的に高まり、タイやベトナムなどの一部のコーヒー産地では、より利益率の高いドリアン栽培に農家が転換する動きが広がっています。これによりコーヒー生産量はさらに減少し、世界的な供給不足が進んでいます。加えて、ドリアン輸出の急増で冷蔵・冷凍コンテナの需要が逼迫し、国際物流コストが上昇したことも、コーヒー価格の高止まりに拍車をかけています。
このように、ブラジルの干ばつ、日本の円安、中国のドリアンブームによる農業転作と物流圧迫といった、気候・経済・農業構造・物流の各要因が複合的に作用し、コーヒーの値上げは避けられない状況となっているのです。
■「日本酒輸出拡大と食文化の地経学 」
これは、日本酒を単なる食品貿易品ではなく、食文化と経済力が交差する地経学的資源として位置づけ、輸出拡大が世界市場や国際関係に与える影響を示すニュアンスを持たせています。
日本酒は近年、国内だけでなく世界でも高く評価されるようになっています。その背景にはいくつかの要因があります。まず、日本酒は米・水・麹菌・酵母という自然由来の材料から造られ、甘口から辛口まで幅広い味わいと香りのバリエーションを持ち、料理との相性の良さが国際的に認められています。特に、和食が2013年にユネスコ無形文化遺産に登録されて以降、世界的な和食ブームが広がり、日本酒の魅力も一緒に浸透しました。
また、日本政府や酒蔵は輸出促進に力を入れ、海外の見本市やイベントでの試飲会、英語や中国語などの多言語ラベルの整備によって、外国人にも分かりやすく情報を提供しています。さらに、製造技術や温度管理、貯蔵方法の改良により品質が向上し、プレミアムな酒としての価値が高まりました。
こうした努力と文化的背景が重なり、日本酒は今や世界中のレストランやバーで提供され、和食だけでなく多様な料理とともに楽しまれる存在となっています。
日本酒の輸出は近年、年々増加しています。背景には、海外での和食ブームの定着、観光やインターネットを通じた日本文化への関心の高まり、そして酒蔵や政府による積極的な海外市場開拓があります。
財務省の貿易統計によると、日本酒の輸出額は過去10年以上にわたり右肩上がりで伸び続け、特にアメリカや中国、香港、シンガポールといった市場で顕著な成長を見せています。2010年代半ば以降は、欧州や中東の高級レストランでも取り扱われるようになり、日本酒が「高品質でプレミアムな酒」として位置づけられる傾向が強まりました。
輸出の伸びを支えているのは、品質の高さだけでなく、酒蔵による多言語ラベルや現地嗜好に合わせた新商品の開発、そして海外での試飲イベントやプロモーション活動です。こうした取り組みが功を奏し、日本酒は今や国境を越えて支持される日本文化の象徴的存在となりつつあります。
▼日本酒輸出増加のポイント
- 輸出は年々増加傾向
世界的な和食ブームと日本文化への関心の高まりが背景。 - 主要な輸出先
アメリカ、中国、香港、シンガポールで需要が特に伸びている。 - 新しい市場の開拓
ヨーロッパや中東の高級レストランでも日本酒が提供されるようになった。 - 輸出拡大の取り組み
- 多言語ラベルで外国人にもわかりやすく
- 現地の好みに合わせた味やデザインの商品開発
- 海外での試飲イベントやプロモーション活動
- 世界での評価
「高品質で特別なお酒」として、日本酒は国際的なブランド価値を高めている。
資源・エネルギーをめぐる地経学
資源やエネルギーを「経済的な武器」として用いながら、国際的な力関係を形成・操作しようとする動きを意味します。
■一国の安全保障を左右する「戦略物資」
戦略物資とは、国の存続や独立を守るために不可欠な物資のことです。これが途絶えたり、敵対国に依存した状態になると、経済が止まり、防衛が不可能になり、国民の生命が脅かされるため、安全保障の核心に関わる問題となります。
分野 | 戦略物資 | 安全保障との関係性 |
---|---|---|
エネルギー | 石油、天然ガス、ウラン | 発電・輸送・暖房・軍事すべてに不可欠 |
鉱物資源 | レアアース、コバルト、リチウム、タングステン | ミサイル、電池、半導体、航空機の材料 |
食料 | 小麦、大豆、トウモロコシ、肥料原料 | 国民の生存と安定に直結 |
医療 | 原薬、ワクチン、マスク、点滴液など | パンデミック時の国家機能維持に必要 |
情報通信 | 半導体、光ファイバー、量子関連部品 | 経済・軍事・行政を支える神経網 |
■日本政府が重視する戦略物資 特定重要物資
番号 | 分野名 | 内容・目的 |
---|---|---|
① | 抗菌性物質製剤(抗生物質など) | 感染症治療や手術に不可欠。国内製造が減少し、多くを中国・インドに依存。パンデミック時の供給断絶リスクが高い。 |
② | 肥料(リン酸・カリウムなど) | 食料生産の基盤。肥料原料の多くは中国・ロシアなどからの輸入。供給が止まると農業に直撃。 |
③ | 永久磁石(ネオジム磁石など) | 電気自動車・風力発電・ミサイル・医療機器などに使われる。レアアース依存で、中国の供給支配が強い。 |
④ | 工作機械・産業用ロボット | 日本のものづくり・製造業の根幹。先端機械が一部国に偏っており、技術流出・供給制限がリスク。 |
⑤ | 航空機の部品 | 民間航空・防衛・宇宙産業に不可欠。サプライチェーンが海外拠点に集中している部品も多く、供給停止が危機に。 |
⑥ | 半導体 | すべての電子機器・IT・車両・防衛装備の中核部品。日本は製造装置や素材に強いが、最先端製造は台湾・韓国に依存。 |
⑦ | 蓄電池(リチウムイオン電池など) | 電気自動車、再エネ、モバイル機器、蓄電設備に必須。原料(リチウム等)の供給元が偏在。 |
⑧ | クラウドプログラム(クラウド基盤ソフト) | 重要インフラ・行政・企業情報を支えるIT基盤。海外企業製が中心で、セキュリティや支配構造に懸念。 |
⑨ | 天然ガス(LNG) | 火力発電の主力エネルギー源。ロシアや中東など供給国の政治リスクが大きく、備蓄や多角化が課題。 |
⑩ | 重要鉱物(リチウム、ニッケル、コバルト等) | 電池・半導体・兵器・再エネに不可欠。多くは中国・アフリカ・南米に偏在し、国際競争が激化。 |
⑪ | 船舶の部品 | 国際物流の7割を支える海運の基盤。日本の造船業は強みを持つが、一部の特殊部品は海外製が多い。 |
これらの物資は、いずれも日本の製造業、エネルギー、通信、食料、医療、輸送などの基幹を支えており、もし供給が滞れば、国民の生命や経済の安定が脅かされることになります。とくに、原料や製品を特定の国に依存しているケースが多く、地政学的リスクや災害、サイバー攻撃、パンデミックなどによって、突然調達が困難になるリスクを抱えています。
このため政府は、特定重要物資について、民間企業と連携しながら以下のような取り組みを進めています。
- 国内生産・備蓄の支援
- サプライチェーンの多元化
- 情報の共有と監視体制の強化
- 技術流出や外国企業による買収の防止
こうした対応は、単なる危機対策にとどまらず、日本が持続的に独立した国家として機能し続けるための基盤づくりでもあります。
■ガソリン代の値上げとアメリカの産油戦略──資源は経済と国際関係のパワー
近年アメリカはシェールオイル革命により一気に産油量を増加。現在では、アメリカは世界最大の石油生産国に
ガソリン価格の上昇は、私たちの生活や物流、産業コストに直接響く大きな問題です。そして、このガソリン価格は市場の需給関係だけでなく、世界の産油国、とくにアメリカの戦略的判断によって大きく左右されているのです。
■ロシアと石油
ロシアは世界有数のエネルギー資源大国であり、石油生産量は世界第3位、天然ガスは第1位級の輸出国です。
しかし、2022年のウクライナ侵略以降、ロシアに対して欧米諸国を中心とした大規模な経済制裁が科され、エネルギー輸出は国際社会における圧力の的となりました。
そこでロシアは、制裁をしていない国々──たとえば中国やインドなどに、値段を安くして大量に石油を売り売って得たお金が戦争を続けるための「軍事費」になっているのです。
■天然ガスはロシアの最強の武器──家計を直撃する
ロシアは、石油と並び天然ガスの世界有数の輸出国です。
2022年のウクライナ侵攻をきっかけに、アメリカ・EU・日本などの西側諸国は経済制裁を行いました。これに対してロシアは*報復措置として天然ガスの供給を止めるという逆制裁を行い、エネルギーを武器に使う戦略をとりました。
とくにロシアのガスに依存していたドイツやイタリアなどのヨーロッパ諸国は、経済・社会の両面で大きな打撃を受けました。エネルギー価格が高騰し、電気代や暖房費が急上昇、インフレも進行しました。
EUは「脱ロシア化」を目指し、石炭や石油の輸入は削減・停止に成功しましたが、天然ガスに関しては依存から完全に脱することができていません。インフラ・供給網・代替手段の不足が背景にあります。
日本も例外ではなく、ロシア産LNGの輸入が制限された影響で、電気代・ガス代が上がり、家計や企業の負担が増加しました。つまり、ロシアのガス戦略は、遠く離れた日本の家庭にも確実に影響を与えているのです。
■日本は石炭火力をやめられないのか
日本は「脱炭素社会」の実現を掲げていますが、現実には石炭火力発電をすぐにやめることができていません。その理由は、エネルギーの安定供給、安全保障、経済的な制約など、複雑な事情が重なっているからです。
まず、日本はエネルギー資源が乏しく、石油や天然ガス、石炭のほとんどを海外から輸入しています。再生可能エネルギーは増えつつあるものの、天候に左右されやすく、電力を安定して供給するにはまだ不十分です。また、原子力発電は事故の影響で再稼働が進んでおらず、エネルギー政策の柱に据えることが難しい状況です。
こうした中、石炭は「安定して安く発電できる」燃料として、重要な役割を果たしてきました。とくに、近年のエネルギー価格の高騰や国際情勢の不安定さを受けて、日本はエネルギーの最後の砦として石炭火力を維持する必要があると判断しているのです。
さらに、日本は世界でもトップレベルの「高効率石炭火力発電技術」を持っており、従来よりもCO₂の排出を抑えた発電が可能になっています。このような先端技術を活用することで、石炭を使いながらも環境への影響を減らす取り組みが進められています。
▼石炭の主なデメリット
石炭は発電に広く使われてきた燃料ですが、環境・健康・経済・国際関係など多くの面で深刻なデメリットがあります。
まず最大の問題は、地球温暖化の原因となる二酸化炭素(CO₂)を大量に排出することです。石炭は他の化石燃料に比べてCO₂の排出量が特に多く、脱炭素社会を目指す動きに逆行しています。
さらに、石炭を燃やすことで硫黄酸化物(SOx)や窒素酸化物(NOx)、PM2.5などの有害物質が発生し、大気汚染や呼吸器疾患の原因となります。こうした影響は健康被害だけでなく、酸性雨や生態系への悪影響も引き起こします。
加えて、多くの石炭火力発電所は老朽化が進んでおり、維持や更新に多額の費用が必要です。また、国際的には石炭の使用は強く批判されており、日本が石炭を使い続けることは国際的な信用の低下や外交上の不利につながる可能性があります。
石炭は化石燃料であり、再生可能ではない有限の資源です。長期的には持続可能なエネルギーとはいえず、安全保障や経済の観点からも将来的なリスクを抱えています。
▼日本が石炭火力にこだわる理由は、単に環境への配慮が足りないからではありません。
- 資源が乏しい日本にとって、安定・安価な石炭は“緊急時の備え”でもある
- 再生可能エネルギーや原子力だけでは、まだ安定供給が難しい
- 高効率技術の輸出による国際的な利益と信頼を維持したい
- 脱炭素と安定供給の「両立」を図る現実的な移行期戦略として位置づけられている
こうした背景から、日本は石炭火力をすぐには手放さないという選択をしているのです。
■日本のレアアース多角化政策とグローバルサプライチェーンの再編
日本は、2010年に起きた尖閣諸島をめぐる外交摩擦の際に、中国がレアアースの対日輸出を一時的に制限したことをきっかけとして、資源の供給リスクと安全保障の脆弱性を強く意識するようになりました。
当時、日本のレアアース輸入の約9割以上が中国に依存していたため、こうした輸出制限は産業全体に深刻な打撃を与える可能性があると認識されました。特に、ハイブリッド車や電気自動車、スマートフォン、精密機器、そして防衛関連装備など、日本の先端産業はレアアースを大量に使用しており、安定供給は国家にとって死活問題です。
この危機を教訓に、日本政府は「経済安全保障」の観点から、中国依存からの脱却=調達先の多様化を国家戦略に位置づけ、国際的な連携を積極的に進めました。
具体的には、以下のような国々との協力を強化しています:
- ベトナム:南部に豊富なレアアース鉱床が存在し、日本は探査・採掘・精製に至るまでの共同事業を支援。
- タイ:レアアースそのものよりも、精製・加工・リサイクルなど中間工程の拠点として整備を進め、サプライチェーンの分散化を推進。
- インド:今後の資源供給国として期待され、探鉱や採掘の技術協力が進行中。
- フランス:レアアースの分離・精製技術における連携を深め、技術力の相互補完を図る。
こうした取り組みにより、日本は「レアアースの確保=戦略物資の確保」という視点から、供給国の分散化・サプライチェーンの強靭化・備蓄の拡充・代替技術の開発を組み合わせた総合的な対応を進めています。
このように、日本は2010年以降、レアアースを巡る外交的・経済的リスクを深く受け止め、「中国一極依存」から「多極的な国際協調体制」へと大きく舵を切ったのです。これは日本の経済安全保障政策の重要な転換点といえるでしょう。
■中国の独占 コバルト=蓄電池、電子機器などに欠かせない戦略的資源
コバルトはリチウムイオン電池に不可欠な材料であり、電気自動車(EV)のバッテリー性能を大きく左右します。走行距離を伸ばし、電池の劣化を防ぎ、安全性を高める役割を果たしています。さらに、太陽光や風力といった再生可能エネルギーを蓄える「蓄電池」にも使われ、脱炭素社会の実現を支える鍵となっています。
また、スマートフォンやパソコンなどの携帯型電子機器にもコバルトが広く使われており、私たちの暮らしの中でも身近な存在です。さらに、耐熱性や強度に優れることから、ジェットエンジンやロケットなど、航空・宇宙分野でも高温合金の材料として不可欠です。
加えて、軍需産業でもコバルトは重要です。ミサイル、レーダー、戦闘機などの装備に必要な磁石や特殊合金、触媒などに使われており、防衛上も極めて戦略的価値が高い金属とされています。
このように、コバルトはエネルギー・経済・安全保障すべての分野にまたがる重要資源であり、その安定供給をめぐって、各国が資源確保やリサイクル技術の開発に力を入れています。
日本は、この重要資源であるコバルトを国内で産出できないため、供給の多くを海外に依存しています。とりわけ問題なのは、コバルトの精錬と供給の大部分を中国が支配しているという事実です。
中国は、アフリカのコンゴ民主共和国などの主要な鉱山に対して強い影響力を持ち、採掘された鉱石の精錬をほぼ独占しています。つまり、中国は「鉱山の支配力」と「精錬の技術・設備」という二重の優位性を持つことで、世界のコバルト市場において圧倒的な主導権を握っているのです。
このような状況は、日本にとって地経学的リスク(地政学と経済の結びつきによる供給不安)を意味します。政治的な緊張や外交的対立が起きた場合、中国がコバルトの供給を制限する可能性も否定できません。これは、日本の製造業やエネルギー政策、さらには国防にも影響を及ぼす深刻なリスクです。
そのため日本は、次のような対策を進めています:
- サプライチェーンの多様化:オーストラリア、カナダ、インドネシアなど、中国以外の国からの調達を拡大
- リサイクルの推進:使用済みバッテリーからコバルトを回収する「都市鉱山」の活用
- 代替技術の開発:コバルトの使用量を減らした新型電池や、コバルトを使わないバッテリーの研究
これらの取り組みは、日本の経済安全保障にとって極めて重要な柱となっています。
エネルギーと資源をめぐる国際情勢が不安定化する中、コバルトをはじめとする戦略物資の安定確保は、今後の日本にとって「産業の生存戦略」とも言える課題です。
地経学に似た概念 経済安全保障
経済安全保障とは、
国家や社会が「生きていくために必要な経済活動・資源・技術・供給網」を、
外部からの脅威や圧力によって止まったり、奪われたりしないように守ることです
目的は「経済の独立と持続性」を守ること
現代では、経済と安全保障が切り離せない時代になっています。
主な安全保障の構造とつながり
安全保障の種類 | 守るもの | 具体例・対策 |
---|---|---|
国家安全保障 | 国民の生命・領土・主権 | 軍事力、外交、法整備 |
エネルギー安全保障 | 発電・産業の基盤 | 資源の多様化、再エネ、備蓄 |
経済安全保障 | 技術・供給網・経済主権 | 半導体政策、投資規制、技術保護 |
食料安全保障 | 国民の生存に必要な食料 | 自給率向上、輸入先の分散、備蓄 |
■国家安全保障とは
国家安全保障とは、国民の生命・財産・自由、そして国家の独立・領土・主権を、外部または内部の脅威から守ることを指します。かつては「他国からの軍事的侵略を防ぐこと」が中心でしたが、現代ではその範囲が大きく広がり、経済・技術・資源・サイバー空間・環境・感染症など多様な脅威に対応する必要が出てきました。
国家が安定し、持続可能であるためには、武力だけでなく、エネルギーや食料、技術、サプライチェーンなど、国の基盤を支えるすべての要素が安全でなければならないと考えられています。
■エネルギー安全保障とは
エネルギー安全保障とは、国や国民が必要とするエネルギー(電力・石油・天然ガスなど)を、安定的かつ持続的に確保することです。
エネルギーは、家庭の生活だけでなく、産業、交通、医療、通信、軍事など、あらゆる社会活動の土台です。もし電力や燃料が供給されなくなれば、国家全体が機能不全に陥る可能性があります。
たとえば、原油の多くを中東に依存している日本では、ホルムズ海峡の安全確保が重要な国益となります。また、ウクライナ戦争の影響で天然ガスが高騰したように、エネルギー供給は地政学的リスクに非常に敏感です。
そのため、日本を含む多くの国が、再生可能エネルギーの導入、供給先の多様化、エネルギーの備蓄・節約、原発の活用などを通じて、自国のエネルギー安全保障を強化しようとしています。
■経済安全保障とは
経済安全保障とは、国家の経済活動・技術・産業・供給網(サプライチェーン)などが、他国からの圧力・攻撃・依存によって脅かされないようにすることです。
かつては戦争で国を滅ぼすことが主な脅威でしたが、現代では「モノが届かない」「技術が盗まれる」「供給を止められる」といった**“静かな経済攻撃”**が国家の命取りになり得ます。
たとえば、半導体・通信技術・医薬品など、国家の運営や防衛に不可欠な分野で外国依存が高いと、その国に外交や安全保障で主導権を握られかねません。
そのため、経済安全保障では、
- 技術流出の防止(輸出規制・スパイ対策)
- 戦略物資の備蓄や国内生産
- 外国資本による買収の審査強化
- 友好国との経済連携(経済同盟)
などを通じて、経済で攻められない体制を整えることが目的となっています。
■食料安全保障とは
食料安全保障とは、すべての人が、常に、必要かつ安全な食料を、物理的・経済的に入手できる状態を保つことを意味します。
つまり、「いつでも、どこでも、誰でも、食べられる状態を守ること」です。
近代の食料供給は国際貿易に大きく依存しており、天候不順や戦争、貿易規制、価格高騰が起これば、簡単に供給が止まったり、価格が跳ね上がったりします。
とくに日本のようにカロリーベースの食料自給率が40%以下の国では、世界情勢の変化に大きな影響を受けやすいです。
そのため、農業の支援や耕作放棄地の活用、食料備蓄、輸入先の分散化、スマート農業技術などを通じて、食料の安定供給体制を守ることが重要な安全保障課題とされています。
- 国家安全保障は、あらゆる安全保障の「総合的な枠組み」であり、他の安全保障(エネルギー・経済・食料など)をすべて含んだ概念です。
- 現代では、「戦争になってから守る」のではなく、「平時から国家の弱点を見直し、持続的に安定させること」が安全保障の中心になっています。
- 特に日本のように資源・食料・技術を外国に依存している国では、これらの安全保障を強化することは、単に危機対策ではなく、国家存続の基盤そのものなのです
日本の安全保障は「攻め」ではなく「守り」が基本
❶サプライチェーンの強靭化(物流・製造の安全保障)
私たちの暮らしは、たくさんの「モノ」に支えられています。食べ物、衣服、スマートフォン、薬、自動車など、それらはすべて、どこかで作られ、運ばれて、手元に届いています。
この「作る」「運ぶ」「届ける」という一連の流れのことをサプライチェーンといいます。「サプライチェーン」は日本語で「供給網」と略されることが多く、
製品やサービスが完成し、届けられるまでの一連の流れ(網状の構造)を意味します。
しかし最近では、世界中でさまざまな問題が起こり、サプライチェーンが止まってしまうケースが増えています。コロナの流行、戦争、自然災害、国際的な対立などが原因で、「必要なモノが届かない」「材料が手に入らない」「価格が高騰する」といった事態が起きています。
こうしたリスクに備えるために、「サプライチェーンの強靭化」が重要になっています。
「強靭化」とは、「壊れにくく、すぐに立ち直れるようにすること」です。サプライチェーンの強靭化とは、何か問題が起きても、必要なモノを安定して作り、届けられる仕組みをつくることです。
たとえば、ある国にだけ部品を頼っていると、その国がトラブルに見舞われたときにモノが作れなくなってしまいます。そこで、調達先を複数に分けたり、自分の国でも一部を生産したりして、どこかが止まっても全体が止まらないように工夫するのです。
日本は、資源や食料、工業部品の多くを海外に頼っている国です。だからこそ、どこか一つの国に依存しすぎると、世界の情勢が不安定になったときに、私たちの生活に直接影響が出てしまいます。
■日本の自動車産業と、国境を越えて構築されたサプライチェーン
現代の世界経済では、企業の活動が一国の中だけで完結することはほとんどなくなりました。とくに日本の自動車産業はその典型例であり、グローバルなサプライチェーン(供給網)を前提として成り立っています。
たとえば、日本の自動車メーカーはメキシコに工場を設け、そこで現地の労働力や部品を使って自動車を組み立て、完成品をアメリカ市場に輸出・販売することで大きな利益を得ています。これは、安価な人件費、自由貿易協定、地理的な近さなど、複数の経済的メリットを活用した構造です。
このように、「モノをつくる・運ぶ・売る」工程が国境を越えて分担されているのが、グローバル化したサプライチェーンの特徴です。自動車に限らず、電子機器、衣料品、医薬品など、あらゆる産業がこのような供給の連鎖の中にあります。
しかし一方で、こうした仕組みは国際情勢や災害、サイバー攻撃、パンデミックといった外部リスクに非常に脆弱です。実際、新型コロナウイルスやウクライナ戦争の影響により、物流や部品の供給が止まり、世界中で生産や販売に大きな混乱が生じました。
そのため近年では、グローバル化による効率性の追求だけでなく、供給網の安定性や多様性、安全保障の観点からの再構築(=サプライチェーンの強靭化)が求められるようになっています。
❷ 技術の不拡散(先端技術の保護)
日本は、戦後の復興期から高度経済成長を経て、「ものづくり大国」として世界中から高い評価を受けてきました。自動車や家電、精密機器など、どれも日本の技術力を象徴する産業です。これらの分野で、日本は世界の最前線に立ち、経済大国としての地位を築いてきました。
しかし、近年では状況が大きく変わりつつあります。中国やアメリカ、韓国などの国々が、国を挙げて科学技術に投資し、急速に力をつけています。AIや量子通信、半導体、バイオテクノロジーといった先端分野では、かつて日本が先行していた技術の多くが、今では他国に追い抜かれている場面も少なくありません。
こうした中で、日本がいまなお世界に誇れるのは、一部の高い技術力や製造ノウハウ、素材開発力です。たとえば、半導体製造装置や高純度の材料、精密な加工技術など、日本にしかできない技術が今も存在しています。これらは日本の産業を支える「最後の砦」とも言えるものです。
だからこそ、こうした重要な技術が他国に流出してしまうと、日本の強みが失われてしまいます。技術が流出すれば、真似され、安く大量に生産され、価格競争に巻き込まれて日本の企業が負けてしまいます。また、技術の中には軍事転用される恐れのあるものもあり、安全保障の観点からもリスクがあります。
このような背景から、日本では近年、「先端技術の不拡散」が重要な政策課題となっています。国は、経済安全保障の観点から、技術の輸出や外国との共同研究、外国資本による企業への出資などに対して慎重な管理を始めています。2022年には「経済安全保障推進法」が施行され、重要技術の保護や技術流出の防止が制度化されました。
❸ インフラの安全保障(電力・通信・サイバー)
インフラ安全保障とは、
私たちの生活や経済活動を支える「社会基盤(インフラ)」を、さまざまな脅威から守り、安定的に機能させ続けるための国家的な取り組みを意味します。
ここで言う「インフラ」とは、電気・水道・通信・交通・医療・金融・物流など、私たちの生活や社会のあらゆる場面に関わる重要な仕組みです。
これらが正常に動いているからこそ、私たちは日々の暮らしを送り、企業は経済活動を営み、国家は運営されています。
- サイバー攻撃・災害・テロなどでインフラが止まると、国民生活や国家機能に直結
- 特に、発電所・送電網・水道・病院・通信回線・空港・交通システムなどは標的になりやすい
現代社会では、技術の進歩によって生活が便利になった一方で、私たちの暮らしや社会の仕組みがインフラに極度に依存する構造になっています。
つまり、一つのインフラが止まると、連鎖的に他のシステムも機能しなくなり、国家全体が麻痺するリスクがあるのです。
加えて、以下のような新たな脅威が、インフラを直接狙うようになっています。
- サイバー攻撃(電力網や通信システムへのハッキング)
- 自然災害(地震や台風によるインフラ破壊)
- 外国企業によるインフラ掌握(通信機器の情報流出など)
- システム障害(誤作動や管理ミスによる機能停止)
- テロや破壊工作
■日本の主な取り組み
日本では、インフラ安全保障を強化するために、次のような取り組みが行われています。
- サイバーセキュリティの強化
電力・通信・水道などに対するハッキングや情報漏洩を防ぐため、政府はサイバー庁や自衛隊のサイバー防衛部隊を整備し、民間企業とも連携して訓練や監視を行っています。 - 災害対策との統合(レジリエンスの確保)
地震・台風・洪水などによってインフラが破壊されるリスクが高い日本では、緊急時にも機能が止まらないように、予備電源・二重化通信・防災訓練などが強化されています。 - 通信・電力機器の安全管理
通信インフラや制御システムに外国製機器を使う場合、安全保障上の審査が必要とされています。これは、中国製5G機器の排除などにもつながっており、技術と安全保障の結びつきを象徴する対策です。 - 重要インフラ事業者へのガイドラインの整備
国は、重要インフラを扱う企業に対して「安全性の確保」「情報管理」「非常時対応」のガイドラインを示し、定期的な点検や報告を求めています。
❹ 先端技術・戦略産業の開発支援
先端技術・産業の開発支援 日本の安全保障の「攻め」
先端技術・産業の開発支援とは、AI、半導体、量子コンピュータ、バイオ、再生可能エネルギーなど、次世代の成長産業や国家の基盤となる技術を育てるために、政府や自治体が行うさまざまな支援のことです。
近年、AI(人工知能)、量子コンピュータ、次世代半導体、バイオテクノロジー、再生可能エネルギーといった先端技術の分野での国際競争が激しさを増しています。
これらの技術は、もはや単なる産業分野の一部ではなく、国家の経済成長、安全保障、外交力の基盤そのものとして位置づけられています。そこで、世界各国は技術開発の出遅れを防ぐため、政府が前面に立って手厚い支援を行う体制を整えつつあります。
技術の進化は非常に速く、1年でも出遅れれば取り返すのに何年もかかる時代です。また、一度他国に依存してしまうと、自国での生産や研究が難しくなり、技術的な主権を失うリスクもあります。
そのため、各国は「技術を守り、育て、世界のトップであり続ける」ために、政府が戦略的に資金・人材・制度を投入する体制を急ピッチで整えています。
経済制裁
経済制裁とは、ある国や組織、個人などの行動を抑止したり変えさせたりするために、経済的な圧力を加える政策手段です。
主に、外交・安全保障の場面で、武力を使わずに圧力をかける手段として使われます。
とくに核開発、侵略行為、人権侵害などの行為に対して、国際社会が一致して制裁を科すことがあります。
■一対多の経済制裁のケースが多い
現代の国際社会では、経済制裁が行われる際、一国だけで制裁を科すのではなく、複数の国が連携して一つの国に制裁を加える「一対多」の形が主流となっています。これは単に力を合わせて圧力を高めるというだけでなく、いくつかの重要な理由があるからです。
第一に、制裁の実効性を高めるためです。例えば、アメリカ一国だけが制裁をしても、相手国は中国や他国と取引を続けることで影響を逃れる可能性があります。しかし、アメリカ、EU、日本など複数の先進国が同時に制裁を行えば、相手国の貿易や金融の「逃げ道」をふさぐことができ、圧力が現実的なダメージとして作用します。
第二に、制裁に「国際的な正当性」を持たせるためです。複数の国が連携して制裁を科すことで、「これは一国の都合ではなく、国際社会全体の意志である」というメッセージが明確になり、制裁に道義的・政治的な正統性が生まれます。特に国連決議に基づく制裁はその象徴的な形です。
第三に、経済的な効果を最大化するためです。たとえばアメリカは金融制裁に強く、日本は精密機器や半導体の分野で制裁が可能です。EU諸国はエネルギー供給の制限などに力を持っています。それぞれの国が得意分野で制裁を行えば、制裁の幅と深さが増し、相手国にとって極めて大きな痛手となります。
このように、一対多の経済制裁は、単なる数の多さではなく、国際的な協調と多面的な圧力を可能にする仕組みとして機能しており、現代の安全保障・外交政策において欠かせない戦略手段となっています。
■経済制裁の中核:「貿易制裁」と「金融制裁」
経済制裁とは、武力を使わずに相手国の行動を変えさせるために行われる、非軍事的な圧力手段です。なかでも重要なのが、「貿易制裁」と「金融制裁」の2つです。これらは相手国の経済活動に直接的な打撃を与えるため、国際社会では制裁手段の中心とされています。
■貿易制裁とは
貿易制裁は、モノの流れを制限することによって相手国を追い詰める制裁です。具体的には、武器や半導体、原油、農産物などの輸出入を止めることで、相手国の産業活動や軍事行動を支える物資が不足し、経済全体に影響を与えます。
このような制裁は、相手国の「外貨収入源」を断つことにもなり、国家財政や企業経営を困難にします。たとえば、ロシアに対しては、欧米諸国がエネルギー関連製品や精密機器の輸出を制限し、軍需産業やハイテク分野に大きな打撃を与えました。
金融制裁とは
金融制裁は、お金の流れを止めることで相手国を孤立させる制裁です。海外の資産を凍結したり、国際送金ネットワーク(SWIFT)から排除したりすることで、相手国は貿易決済や外貨獲得が困難になり、通貨不安やインフレなどの経済混乱が起こります。
また、制裁対象の政府高官や富裕層の資産を凍結することで、政治的な圧力も加えることができます。2022年以降のロシア制裁では、多くのロシアの銀行がSWIFTから排除され、国際金融市場との接続が制限されました。
ブロック経済
世界は今、自由貿易一辺倒の時代から、「信頼できる国々で支え合う」ブロック経済の時代へと移りつつあります。
それは国家の安全と産業を守るための選択であると同時に、新たな経済秩序の再編でもあるのです。
今後はハイブリッド戦争が支流になる
ハイブリッド戦争とは、従来の軍事作戦に加えて、さまざまな非軍事的手段を組み合わせて行う複合的な戦争形態のことをいいます。
この戦い方では、通常の武力行使だけでなく、次のような多様な手段が同時に使われます:
- 経済的手段(制裁、輸出入の制限、資源の供給停止など)
- サイバー攻撃(インフラへのハッキング、情報システムの破壊)
- 情報操作(偽情報・プロパガンダの拡散、世論の誘導)
- 非正規組織の活用(民兵、傭兵、テロ組織、匿名のハッカー集団など)
- 政治的・法律的な揺さぶり(国際法の解釈戦、国内対立の扇動)
こうした手段を組み合わせて、相手国に直接戦争を仕掛けるのではなく、内側から揺さぶり、混乱させ、崩壊させることを目的とします。
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